大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

奈良地方裁判所 平成9年(わ)445号

主文

被告人を懲役一〇か月及び罰金七五〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯罪事実)

被告人は、亡岸田秀雄(平成六年四月二一日死亡。以下「亡秀雄」という)の共同相続人である亡秀雄の妻岸田純子(以下「純子」という。)、亡秀雄の子岸田秀樹(以下「秀樹」という。)、同阪倉千里(以下「千里」という。)の代理人としてその相続税の申告に関与した者であるが、自己が右申告手続を依頼した福田兵一と共謀の上、純子らの相続税を免れようと企て、全相続財産の課税価格は五億六九九八万九〇〇〇円で、これに対する相続税額は七七四四万七一〇〇円であり、うち純子の相続財産の課税価格は四億五七二九万五〇〇〇円で、これに対する相続税額は四六四六万八三〇〇円であり、秀樹の相続財産の課税価格は五六五九万七〇〇〇円で、これに対する相続税額は一五四八万九四〇〇円であり、千里の相続財産の課税価格は五六〇九万七〇〇〇円で、これに対する相続税額は一五四八万九四〇〇円であるにもかかわらず、受取生命保険金、外国債券など合計四億二一七七万一九六七円相当を除外した上、平成六年一二月二一日、奈良市登大路町八一所在の所轄奈良税務署において、同税務署長に対し、全相続財産の課税価格の総額は一億四八二一万六〇〇〇円で、これに対する相続税額の総額は四〇九万九四〇〇円であり、うち純子の相続財産の課税価格は九一三〇万円で、これに対する相続税額は零円であり、秀樹の相続財産の課税価格は二八七〇万八〇〇〇円で、これに対する相続税額は二〇四万九七〇〇円であり、千里の相続財産の課税価格は二八二〇万八〇〇〇円で、これに対する相続税額は二〇四万九七〇〇円である旨内容虚偽の相続税の申告書を提出し(翌二二日郵送による受付)、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、純子の相続に係る正規の相続税額四六四六万八三〇〇円の全額、秀樹、千里のそれぞれ相続に係る正規の相続税額一五四八万九四〇〇円との差額一三四三万九七〇〇円(税額の算定は別紙脱税額計算書記載のとおり)を免れたものである。

(証拠)

括弧内の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。

一  被告人の

1  公判供述

2  検察官調書(四二から四六、四八から五〇、六五)

一  証人福田兵一、同中村聖の公判供述

一  福田兵一の検察官調書謄本(二九から三四)

一  山形裕子、岸田純子(二通)、岸田秀樹、阪倉千里、岸田和雄、岸田雅子、岸田邦雄、岸田彰子、岸田京子、岸田正雄、石村節子の検察官調書謄本

一  査察官調査書謄本二通

一  「所轄税務署の所在地について」と題する書面の謄本

一  証明書謄本三通

一  メモ書一通(平成一〇年押第一二号の4)、相続税申告書の写し一通(同号の5)、遺産分割協議書一通(同号の7)

(争点に対する判断)

弁護人は、(一)福田との共謀の事実はない、(二)共謀の事実を裏付ける捜査段階における被告人の供述は任意性がなく、また共犯者福田の供述も、検察官の被告人に対する強い敵意と予断に基づき、福田に甘言をろうして録取されたものであるから特信性がなく、いずれも証拠能力はもとより信用性もないと主張し、被告人が刑事責任を問われる範囲は、自ら企図した外国債券等の過少申告額一億九三〇三万五〇〇〇円に限られ、ほ脱税額にして二八八一万九五〇〇円にとどまると結論付け、一部無罪を主張する。そこで、右争点について関係証拠に基づき順次検討する。

一  まず弁護人は、共謀に関し、(1)被告人が福田に渡した資料から除外することによってなした外国債券等一億九三〇三万五〇〇〇円の遺産の過少申告行為、及び(2)福田が被告人に告げずに除外してなした生命保険金等二億二八七三万六〇五三円の遺産の過少申告行為のそれぞれについて、被告人と福田の間に共謀が成立するか否か問題となるとして争点を提起する。しかし、ほ脱犯が成立するための故意の内容としては、税を免れようとの意図のもとに申告に際し不正な行為を行って正当な税額よりも過少な税額を申告したとの認識さえあれば必要にして十分であって、課税の対象となる個々の財産及び具体的なほ脱額の認識にずれがあったとしても、それは同一構成要件の範囲内における具体的事実の錯誤としてほ脱額全体の故意を阻却しないものと解すべきところ、ほ脱罪の共同正犯の成立要件である共謀という主観面も右のような故意を共同にすることで足りるといわなければならない。そして、このことを前提に本件の経過等をみると、以下の事実が認められる。

1  被告人は、昭和六三年二月ころ、不動産の譲渡所得が生じた昭和六二年分の所得税の確定申告に当たって、不動産仲介業を営む芳仲光弘から全日本同和会奈良県連合会の下部組織で、その会員の税務相談、税の申告手続等を行っていた奈良県商工企業連合会の所長福田兵一を紹介された。芳仲は、自身が不動産取引を仲介した売主に、譲渡所得に対する税金を安く抑えてくれる人がいるなどと言って福田を通じて所得税の確定申告を行うことを勧誘し、これに応じた売主を福田に紹介し、同人から紹介料を受け取っていた。被告人は、芳仲から右のような勧誘を受け、税額が半分になると言われて、それが脱税を意味することは十分理解しており、福田も被告人が脱税を求めていることは当然のことと認識しており、右所得税の確定申告について、買換え承認申請を利用して税金を正規の税額五一五万一三〇〇円の半分で済ませてあげるから納税資金と報酬を合わせて二五〇万円支払ってほしい旨脱税の内容を説明した。

2  昭和六二年分の所得税の確定申告は、福田が被告人から依頼を受けて行ったが、福田は、当年分の譲渡収入金額を上回る買換え承認申請をして当年分の譲渡所得を零円とする申請書を作成して提出した。被告人は、このことを申告書の写しを見て知ったが、福田に問い詰めたり、支払った二五〇万円のうちの納税資金分の返還を求めることもなかった。

3  被告人は、福田に相談して昭和六三根分の所得税の確定申告を行ったほか、平成元年分以降確定申告を福田に依頼し、平成三年分からは被告人の妻節子の所得税の確定申告も福田に依頼するようになった。福田は、その申告に際し経費を水増しするなどの方法で二人に毎年約二〇万円から四〇万円の税を免れさせていた。

4  被告人は、秀雄死亡後、相続人らから一任されて亡秀雄の財産関係の処理に当たっていたが、亡秀雄の顧問税理士吉井清に所得税の準確定申告を依頼したものの、相続税の申告については同税理士の申入れを断って、平成六年九月初めころ、これを福田に依頼した。被告人は、福田の指示で相続財産の明細書等を作成したが、相続人である長女や孫により多くの財産を承継させたいために明細書には外国債券等一億九三〇〇万円余の相続財産を記載せずに除外していた。福田は、その明細書に家族名義の預金等の記載がなかったこと、あるいは何度か話合いを重ねる過程で被告人が相続財産の一部を除外していることを確信し(被告人も、福田においてこのことが分かっているものと考えていた。)、後日税務調査を受け相続財産の除外が発覚した場合を考えて、五〇〇万円くらいの税額の追加があるかもしれないことを説明して、税額の増加は安く抑えるから五〇〇万円の三〇パーセントを報酬に加えて欲しい旨を伝えたところ、被告人は不満を示すこともなくこれを了承し、平成六年一〇月二七日、税額相当分三九一四万円余と報酬の合計四一五〇万円を支払った。

5  当時福田は、他に処理した税務申告について脱税が発覚し、その修正申告及び税金の追加納付を求められて資金繰りに汲々としていたことからこれを捻出するため、更に生命保険金等二億二八〇〇万円余を除外し、税額を四〇九万九四〇〇円とする相続税の申告書を作成し、平成六年一二月二一日奈良税務署に郵送して提出した。被告人と福田は、その後、平成六年分及び平成七年分の所得税の確定申告のためなどで何度か会う機会があったが、被告人から右相続税の申告内容についての問い合わせ、或いは申告書の控えなどを求められることはなかった。

右認定した事実によれば、被告人は、相続税を免れる意図で相続財産の一部を除外した上、福田において更に脱税方法を講じることを容認して福田に申告手続を依頼し、福田もその意を酌んでこれに応じたことから本件ほ脱の結果を招来したものであって、その間に因果関係が認められ、しかも被告人は、福田に脱税を依頼して四一五〇万円もの現金を渡しながら、福田に対し、現実の申告額を問い合わせるとか、申告書の控えなど要求することを一切しておらず、申告額がどれくらいになるかについて意に介さない態度をとっているものであって、福田の裁量を容認していたものというほかなく、過去、福田に依頼した所得税申告の処理内容にも照らし、本件の結果が被告人にとって予見不可能なものとまではいえないから、ほ脱税額等について被告人の認識との食い違いがあったとしても、既に述べたように故意を阻却するものではなく、被告人は共同正犯としてほ脱額全額についてその罪責を免れない。

二  次に被告人及び共犯者福田の捜査段階における供述調書(福田についてはその謄本)の証拠能力、信用性について検討する。まず弁護人が任意性がないとして証拠能力を争う被告人の検察官調書(検察官請求証拠番号四一、四八及び六五)は、いずれも録取後読み聞かされた上間違いないとして任意署名指印しており、平成九年一一月二九日付検察官調書(前記番号六五)では被告人自身調書を閲読した上で訂正を申し立て、これに沿って前の供述を補足、あるいは訂正する供述が付加されている上、被告人もこれらの取調べにおいて格別酷い取調べを受けたとは述べていないこと、しかも被告人はこれらの調書作成に先立って弁護人を選任し、当時勾留に対する準抗告を申し立てるなどしていたもので、弁護人からは種々の助言を受けていたと考えられること、平成九年一二月六日付検察官調書(前記番号四八)は身柄釈放後四日目に取調べに応じて作成されていることが認められるのであって、これらによれば、被告人の右検察官調書には任意性及び信用性を十分肯定できる。また、弁護人が特信性を争う福田の検察官調書についても、福田が主要な事実関係について検察官の面前と裁判官の面前で異なった供述をし、公判廷においてその異なるに至った理由について、検察官調書は、検察官から被告人を処罰するために協力してくれと言われて作成されたもので事実に反する旨述べる一方で、被告人を罪に陥れるつもりは更々なかった、あるいは調書が裁判で使われるとは思わなかったので署名指印したなどと矛盾する不合理な弁解をしており、証人として出廷した福田が終始検察官に反発し、他方被告人側に迎合する態度が顕著であったこと、及び福田自身の本件にかかわる相続税法違反事件では被告人との共謀の点を含めすべて事実を認めて刑に服していることに照らしても、福田の公判供述の信用性は乏しいものといわざるを得ず、むしろ録取後読み聞けされて誤りのないことを確認して署名指印し、内容においても一貫し、供述の流れも自然な検察官の面前における供述の方がより具体的かつ合理的で信用性が高いと認められ、その情況的な保障を肯定できるものであって、その他弁護人が証拠能力及び信用性について主張するところを検討してもこれを左右するに足りる事情を見いだすことはできない。したがって、弁護人の被告人及び福田の検察官調書の証拠能力、信用性を争う主張は採用できない。

(適用法令)

罰条 平成七年法律第九一号による改正前の刑法六〇条、相続税法七一条一項、六八条一項

刑種の選択 懲役刑と罰金刑を併科(情状により相続税法六八条二項を適用)

労役場留置 右改正前の刑法一八条

刑の執行猶予 右改正前の刑法二五条一項

訴訟費用の負担 刑訴法一八一条一項本文

(量刑の理由)

本件は、被告人が、依頼されて相続税の申告をするに当たって、長女や孫である相続人により多くの財産を残したいという気持から、全日本同和会奈良県連合会に属し、主にその会員の税務に関する事項の処理を目的としていた奈良県商工企業連合会の所長の地位にあって長期にわたり継続的に脱税工作を請け負っていた共犯者福田と共謀の上、多額の相続財産を除外するという不正の行為により、長女及び孫の相続財産に掛かる相続税をほ脱した事件である。子や孫のためとはいえ、納税という国民としての基本的な義務を故意に免れた行為に酌量の余地はなく、しかも自らも発覚しにくい外国債券等一億九三〇〇万円余の相続財産を除外して共犯者に相談を持ち掛けているなど計画的で、ほ脱税額の合計は七三〇〇万円余と高額で、ほ脱率も高率であること、本件以前にも所得税の確定申告を福田に依頼して脱税の利益を得ていたこと等考え併せると、被告人の刑事責任には軽視できないものがある。しかしながら他方、本件は、他の脱税事件の納付金等の捻出に困っていた共犯者が主導して行われたもので、被告人自身としては、必ずしも本件のような極端な脱税を意図していたものではないこと、また本件発覚後、相続人らにおいて直ちに修正申告に応じ、本税のほか、重加算税、過少申告加算税を全額納付するなど、結果的には相当多額の経済的制裁を受けていること、被告人において一部事実関係を争っているものの反省の情は十分認められること、更に被告人にはこれまで前科前歴がないこと、高齢であることなど被告人のために酌むべき事情が認められる。そこで、以上の諸事情を総合考慮し、主文のとおり判決する。

(求刑-懲役一〇か月及び罰金一〇〇〇万円)

(裁判官 大西良孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!